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株式会社TRY-JIN代表取締役の芦澤望がアイドルから起業家となった理由とは

株式会社TRY-JIN 代表取締役 ALAJIN PTE.LTD Director / 芦澤 望

1992年神奈川出身。高校時代、「写真を通じ、選択肢を広げる情報を伝えたい」想いから、フォトジャーナリズ誌の株式会社DAYS JAPANで二年間インターンとして働く。その後、看護学校に通いながら芸能事務所のカメラマンを務める。縁があったことで、ジャーナリストのアイドル「ジャナドル」として活動を始める。不動産会社からスタジオ運営を任されたことを機に、イベントを企画・開催する「くるくるGlobal Hub」を立ち上げる。夢アワード・学生アワードに入賞。卒業後はシンガポールで留学生向けの不動産PR会社を立ち上げる。帰国後、北海道に移住。


「人との繋がり」

かわちゃん

本日はよろしくお願いします!今までの活動事業を教えてください。

芦澤さん

日本・海外で2つの事業を立ち上げていました。また、看護学校に通っていたこと、地下アイドルをしていたことから、不妊治療に関する報道活動を始めました。その後、「ジャナドル(ジャーナリストアイドル)」として看護学校に通っていたこともあり、不妊治療に関する写真展、主に卵子バンクについて情報発信を行いました。学生時代に、人との繋がりで夢アワード5や大学生OF THE YEAR2014に参加させていただきました。

かわちゃん

色々な活動をされてきたんですね!まずは、日本・海外の事業について教えてください。

芦澤さん

写真展を出展するときに、スポンサーになって下さった不動産会社がありました。そこから「空きテナントがあるけど、運営してみないか」と声をかけて頂き、スタジオの貸し出し・イベントを行う「くるくるGlobal Hub」の事業を始めました。また、海外の事業もこの不動産会社から「海外進出を考えている」と伺い、当時フットワークが軽かったこと、英語が話せたこともあり、代表としてシンガポールで会社を作り東南アジアで開催されている「留学フェス」の参加などマーケティング事業をしました。また、この事業からできた繋がりを元にスマートロックの開発など新規企画にも携わっていました。日本でのレンタルスタジオ事業の「くるくるGlobal Hub」は仲間や家族に手伝ってもらいながら運営を継続し、シンガポールでの事業を並行して行っていました。


「活動の原点」

かわちゃん

スタジオ運営について教えてください。

芦澤さん

面白い人が集まるコミュニティを作りたかった為、クリエイターが活動を行うハブとして学生団体・企業向けにレンタルサービス・イベントを行っていました。また、私がシンガポールの事業もあり物理的にすぐ行ける環境ではなかったため、イベント企画者を探し、スタジオの活性化に努めました。その一つの活動として、学生向けに合同展示会として始発までの深夜の美術展も行っていましたね。二日間で80人ほど来ました。さらに芸能関係の繋がりもあったので、スタジオで一日20人以上のSNSプロフィール写真撮影会などのイベントも企画していました。

かわちゃん

そうだったんですね。次に、アイドル活動についてお聞かせください。

アイドルを目指されていたのですか?

芦澤さん

全く目指してなかったですね(笑)芸能事務所でカメラマンのアシスタントとしてアルバイトをしていた際に事務所の社長からタレント性を認められ、「アイドル」を始めました。アイドルをすれば「自分」という媒体を通じ、選択肢を多く与えたられるんじゃないかと考えて「ジャナドル(ジャーナリストアイドル)」の活動を始めました。人目に付きにくい内容の写真を見て貰うためアイドルというカテゴリーを使うことで、情報が目にしてもらえる機会が増えたらいいなと。

かわちゃん

そうだったんですね!卵子バンクを普及させる活動を始めたのも、選択肢を広げる為ですか?

芦澤さん

そうです。看護学生として医療を勉強していく中で、日本にまだ普及していない医療技術があることを知りました。その一つが卵子バンクです。日本では精子バンクはありますが、卵子バンクがないんですよね。認知度もない。卵子提供が認められていない日本で、女性の選択肢を広げる一環として卵子バンクを広める活動をしていました。

かわちゃん

なるほど。ジャナドルとして、どういう写真を撮っていたんですか?

芦澤さん

自身で卵子バンクに登録し、アメリカとタイに渡航しました。その際のデータや自己採取している時の写真・エコー写真をなど撮ったり、情報発信をしていました。

当時学校側からとても批判されましたが(笑)


「人の選択肢を広げていきたい」

かわちゃん

キャリアについてお伺いしたいと思います。卒業後は起業しようと決めていたんですか?

芦澤さん

学生時代は起業しようとは思っていなかったです。当時、看護師になるため臨床実習や国家試験勉強の傍、課外活動の方に熱中していたんです(笑)

起業をすることになったきっかけは2つあります。

1つは、クラウドファンディングがきっかけで企業の重役の方々と出会い、起業が視野に入ったこと。また、スポンサーになっていただいた不動産会社からテナントを自分で運営させてもらえる機会をいただいたことですね。

2つ目は、不妊治療に関する情報発信活動で学校側から情報を全て削除するようにと指示された際に言われた言葉です。「多くの組織からなる医療の分野での情報発信はとても難しいこと。学校や企業など、所属していれば1人の責任では済まなくなる。やりたいことがあるのならどこにも所属しないでやってくれ。」と言われたのも大きなきっかけです。当時学生であった私は、自分で責任を取れない環境にやるせなさを感じたのは今でも覚えています。

かわちゃん

そうだったんですね!

芦澤さん

また、学生団体の活動場所として「賢者屋」を利用していました。そこで看護以外の学生にも出会うことができ視野が広がりました。同時に、自分にしかない「武器」である看護の資格を改めて知り、挑戦する上で安心材料になりましたね。自分の置かれる環境って大事ですね。

かわちゃん

今後やりたいことはありますか?

芦澤さん

来月から北海道に移住するので、東京の人達を自然豊かな北海道に呼びたいです。「色々な所を移住しながら働く」というマルチハビテーションな考えが普及したらいいなと思います。

かわちゃん

北海道に移住されるんですか?

芦澤さん

そうなんです。昔から自然のある地域で住みたいと思っていました。そこで二年間北海道に通い続けた結果、地元民の温かさに魅了され北海道に決めました。優しくしてくださった地域の方への恩返しも込め、私たちだから出来る地域貢献をしていきたいと思っています。


「人情に助けれた」

かわちゃん

事業をする上で苦労したことはありますか?

芦澤さん

若気の至りでよく分からず事業を始めてしまったことです。経営管理が上手くいかず、クライアントに迷惑をかけてしまったこともあります。しかし、私の場合は幸いな事に困った時必ず助けてくれる人がそばにいました。

かわちゃん

大変だった時の「支え」は他にありますか?

芦澤さん

「反骨心」です。過去の悔しかった経験を通じ、「見返してやりたい」思いがモチベーションに繋がっています。

かわちゃん

私も「反骨心」で行動してしまいます。苦しくなったりしませんか?

芦澤さん

苦しいですよ。私も他者と比べてしまう事が多くあるんです。東京やシンガポールは競争が激しい地域で、埋もれてしまったと感じています。だからこそ、このまま経済圏で自分をすり減らして勝負していても自分が満足できないと思いました。心身共に都心だと幸せになれなかったんです。逃げるというより、自分らしくいられるフィールドで頑張りたいです。

負けず嫌いだからこそ、認知度や売上高などで勝ち負けを判断したり評価してしまったり。そう感じる自分が嫌でした。

その為、ありのままでいられる環境で人との繋がりや「義理人情」を大切に生きていきたいと思い、元からゆかりの無い地への移住を決めました。

かわちゃん

色々経験してきた芦澤さんだからこそ、学生に伝えられる事があると思います。

学生に対してメッセージをお願いします。

芦澤さん

保険を持って欲しいです。保険と言うと少し聞こえが悪いかもしれませんが、私の考える保険は「安心感」だと考えています。お金や不動産・資格など経済的に安心感を与える有形の保険も大切です。  

それ以上に、「人との繋がり」を大切にして欲しいと思います。            

私も困った時力になってくれる人がいました。お金を持ち始めたり、いいポジションに昇格したり、成功し始めると人が寄ってきます。「何もなかった自分」を知っている人との繋がりを大切にしてください。私も、人との繋がりがあったお陰で困った時に力になってくれる人がいました。皆さんも何かあったときに頼れる仲間や友人・家族など無形の保険をたくさん持っていて欲しいです。


本記事の執筆者:かわちゃん

群馬県出身のかわちゃんです。記事を通じ、学生一人ひとりが「らしい」キャリア築けるきっかけになればと思います。よろしくお願いします!


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